天童よしみ 本名。 天童よしみさんは結婚して旦那いる?出身地や年齢も気になる!検証してみました!

天童よしみの経歴・プロフィールまとめ|歌手人生45周年

天童よしみ 本名

ちなみに、天童よしみさんの父親は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町出身で、母親は福島県南会津郡只見町出身です。 そして学歴は、 八尾市立龍華小学校、八尾市立龍華中学校、大阪女子短期大学附属高等学校を卒業します。 歌好きの父親の影響もあり、7歳でのど自慢番組に初出演し、初のテレビ出演は毎日放送『素人名人会』で「可愛いじじい」を歌い、名人賞を受賞し、その後も数多くののど自慢大会に出場し、ほとんどの大会で優勝します。 フジテレビ系『日清ちびっこのどじまん』への出演を機に番組プロデューサーから日本コロムビアへの紹介があり、フジテレビ系アニメ『いなかっぺ大将』の主題歌である「大ちゃん数え唄/いなかっぺ大将」を録音し、1970年9月10日に吉田よしみ名義でシングル発売します。 その後、1972年に讀賣テレビ『全日本歌謡選手権』で10週連続勝ち抜き、7代目グランドチャンピオンに輝き、レギュラー審査員のルポライター竹中労さんが作詞した「風が吹く」で、キャニオンレコードからプロデビューします。 芸名の「天童」は、「天」から授かった「童(わら)」に由来するものです。 しかし、その後、10年に亘る長い低迷を経験、一旦は引退も決意しましたが、両親の説得で思いとどまります。 それから、1985年12月にテイチクレコード移籍第一弾シングル「道頓堀人情」を発売するにあたり、北は北海道から南は福岡県まで1か月で300件もの営業をこなし、有線からじわじわと人気がでて、結果ヒット作となりました! 以降、1993年『NHK紅白歌合戦』初出場し、1996年に発売した「珍島物語」はロングヒットで130万枚を超える売上となりました。 自身初のミリオンセラーとなり、天性のキャラクターと相まって不動の人気を誇っています。 1998年には、同年に流行した新型インフルエンザまん延を食い止めるべく、魔除けのキーホルダー「よしみちゃん人形」を1000人に無料配布して若い世代の人気を呼び、話題となりました。 2001年には、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』に本人役でテレビアニメのアフレコに挑戦し、2004年にディズニー映画『ブラザー・ベア』劇中歌「グレイト・スピリット」の日本語バージョンを録音。 日本盤サウンドトラックに収録されました。 そして、2017年、第59回日本レコード大賞の最優秀歌唱賞を受賞しました。 スポンサーリンク すっぴん画像や身長,病気の噂 身長 天童よしみさんの 身長は、147cmと小柄です。 元モーニング娘。 の矢口真里さんや元柔道選手の谷亮子さんと同じくらいです。 すっぴん画像 そして、こちらが天童よしみさんのすっぴんの画像です。 引用: 病気の噂 また、天童よしみさんに病気の噂がありましたが、そういった情報はありませんでした。 ただの噂です。 まとめ 天童よしみさんは、現在も演歌歌手として活動しています! 今後も、天童よしみさんの活動を応援しています! 最後までお読みいただきありがとうございます。

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天童よしみさんは結婚して旦那いる?出身地や年齢も気になる!検証してみました!

天童よしみ 本名

略歴 出生地はだが、公式プロフィールの出身地がなのは4歳で当地に引っ越ししたためで、現在も在住。 父は和歌山県出身。 母方の祖母が出身。 、、卒業。 歌好きの父親の影響もあり、7歳でのど自慢番組に初出演。 初のテレビ出演は毎日放送『』で「可愛いじじい」を歌い名人賞を受賞。 その後も数多くののど自慢大会に出場し、ほとんどの大会で優勝する。 系『』への出演を機に番組プロデューサーからへの紹介があり、フジテレビ系『』の主題歌である「大ちゃん数え唄/いなかっぺ大将」を録音。 に 吉田よしみ名義でシングル発売。 、『』で10週連続勝ち抜き、7代目グランドに輝く。 レギュラー審査員のルポライターが作詞した「風が吹く」で、天童よしみとしてからプロデビュー。 芸名の「天童」は、 「天」から授かった「童(わら)」に由来するものであり、命名も竹中であった。 しかし、その後、10年に亘る長い低迷を経験、一旦は引退も決意するが、両親の説得で思いとどまる。 その後、に移籍第一弾シングル「」を発売するにあたり、北はから南はまで1か月で300件もの営業をこなし、からじわじわと人気が出、結果ヒット作となった。 以降、『』初出場、に発売した「」はロングヒットで130万枚を超える 売上を記録。 自身初のとなり、天性のキャラクターと相まって不動の人気を誇っている。 には、同年に流行した新型インフルエンザまん延を食い止めるべく、魔除けのキーホルダー「よしみちゃん人形」を1000人に無料配布して若い世代の人気を呼び、話題となった。 には、『』に本人役でテレビアニメのアフレコに挑戦した。 にディズニー映画『』劇中歌「グレイト・スピリット」の日本語バージョンを録音。 日本盤サウンドトラックに収録された。 、 紅頭巾(くれないずきん)名義でシングル「紅頭巾参上」を発売。 の特別公演『天童よしみの痛快! 紅頭巾〜明日への道標〜』の挿入歌である。 、第59回の最優秀歌唱賞を受賞。 とは子供時代、数々ののど自慢に出ていた頃ライバルであった。 出たのど自慢では常に天童が優勝で、上沼が準優勝だったと言う。 は付き人。 1971年 演歌の新星• 1971年 演歌• 1972年 演歌の真髄• 1973年 鉄砲節・新河内音頭• 1973年 大阪演歌• 1976年 新河内音頭• 1978年 天童節 新河内音頭 紀伊国屋文左衛門始末記 伊三郎 出世船• 以上を含め全11作品 のLPはから発売。 1994. 20 演歌極めつけ• 1994. 20 天童節・新河内音頭• 1995. 19 熱唱! 天童よしみ 江州音頭くずし・天童節艶歌集• 1999. 17 天童節の源流 負けへんで!• 2008. 17 ベスト・コレクション• 以上のCD/カセットはより発売。 以下はから発売。 1987. 21 名調子 股旅演歌• 1989. 21 影を慕いて〜古賀政男名曲集〜• 1990. 21 演歌傑作集 俺のみちづれ• 1990. 15 ベスト&ベスト 全曲集• 1990. 25 全曲集• 1990. 21 天童節昭和演歌名曲選 第一集• 1990. 21 天童節昭和演歌名曲選 第二集• 1990. 21 天童節昭和演歌名曲選 第三集• 1991. 21 歌いましょう! 1991. 21 天童節昭和演歌名曲選 第四集• 1991. 21 天童節昭和演歌名曲選 第五集• 1991. 21 おまえ• 1991. 21 オリジナル全曲集• 1991. 21 全曲集• 1991. 18 天童節昭和演歌名曲選 第六集• 1992. 18 全曲集〜酔ごころ〜• 1992. 21 天童節昭和演歌名曲選 第七集• 1992. 21 天童節昭和演歌名曲選 第八集• 1992. 22 ベストヒット• 1992. 23 天童節昭和演歌名曲選 第九集• 1992. 21 天童節昭和演歌名曲選 第十集• 1992. 21 全曲集• 1992. 16 大全集• 1993. 21 ベスト〜酒きずな〜• 1993. 21 全曲集• 1993. 21 特選昭和演歌名曲集• 1994. 21 天童節昭和演歌名曲選 第十一集• 1994. 23 むかい酒〜酒きずな• 1994. 23 天童節昭和演歌名曲選 第十二集• 1994. 23 天童節昭和演歌名曲選 第十三集• 1994. 21 天童節昭和演歌名曲選 第十四集• 1994. 21 天童節昭和演歌名曲選 第十五集• 1994. 22 男の演歌• 1994. 21 全曲集 '95• 1994. 23 天童節昭和演歌名曲選 第十六集• 1994. 01 ベスト• 1994. 01 懐メロ名曲集• 1995. 22 古賀政男名曲集• 1995. 22 股旅歌謡名曲集• 1995. 07 オリジナル全曲集 旅まくら〜忘れ酒• 1995. 23 戦後50年 天童節終戦歌謡• 1995. 21 昭和浪漫 天童よしみ・木村好夫ギター演歌• 1995. 21 全曲集 '96• 1995. 22 大全集• 1996. 20 天童節昭和演歌名曲選 第十七集• 1996. 21 珍島物語〜あなたにありがとう• 1996. 22 男歌・女歌 天童よしみベスト全集• 1996. 21 港町を歌う• 1996. 21 夢歌〜天童・美空ひばりを歌う〜• 1996. 21 全曲集 '97• 1997. 21 天童節昭和演歌名曲選 第十八集• 1997. 21 25周年記念アルバム 一期一会• 1997. 21 25周年記念アルバム 虹• 1997. 24 夢歌II〜天童・美空ひばりを歌う〜• 1997. 21 華舞台(セリフ入り作品集)• 1997. 10 歌の始発〜オリジナルベスト〜• 1997. 22 全曲集 '98• 1997. 21 大全集• 1998. 21 浪花演歌全集• 1998. 22 オリジナル・ベスト「こころ」• 1998. 23 天童節昭和演歌名曲選 第十九集• 1998. 21 夢歌III〜天童・美空ひばりを歌う〜• 1998. 02 微笑〜いつも一緒〜 天童ベストセレクション• 1998. 21 全曲集 '99• 1999. 1999. 01 輝き〜天童ベスト・セレクション〜• 1999. 23 天使のうたごえ• 1999. 21 2000年全曲集• 1999. 21 大全集• 1999. 16 天童節昭和演歌名曲選 第二十集• 2000. 02 飛翔 ベスト・セレクション• 2000. 21 オリジナル・ベスト・アルバム「ひかり」• 2000. 02 天童節昭和名曲選 ベストセレクションI 第1集〜第10集• 2000. 02 天童節昭和名曲選 ベストセレクションII 第11集〜第20集• 2000. 25 2001年全曲集• 2001. 01 情熱 ベスト・セレクション• 2001. 20 夢〜天童オリジナル・ベスト〜• 2001. 22 オリジナル・ベスト・アルバム「花飾り」• 2001. 24 2002年全曲集• 2001. 24 クリスマス・ソング 〜LOVE〜• 2002. 23 30周年記念 天童よしみ大全集• 2002. 21 30周年記念 歌に恋して• 2002. 01 30周年記念 オリジナル・アルバム「きらめき」• 2002. 26 30周年記念 歌心名曲選I• 2002. 23 2003年全曲集• 2003. 01 いぶき〜天童ベスト・セレクション〜• 2003. 25 美しい昔• 2003. 21 2004年全曲集• 2003. 17 古賀メロディーを歌う• 2004. 26 オリジナル・ベスト・アルバム「響 ひびき 」• 2004. 24 2005年全曲集• 2005. 25 スマイル• 2005. 24 花彩気分• 2005. 23 2006年全曲集• 2006. 22 大全集• 2006. 23 道しるべ• 2006. 22 2007年全曲集• 2007. 25 よしみコレクション〜歌心名曲選II〜• 2007. 01 紅〜くれない〜 ベスト・セレクション• 2007. 21 2008年全曲集• 2008. 23 大全集• 2008. 25 名唱コレクション 天童よしみ 叙情演歌 心を唄う• 2008. 10 よしみコレクションII〜歌心名曲選3〜• 2008. 26 2009年全曲集• 2009. 19 石本美由起作品を歌う• 2009. 16 2010年全曲集• 2010. 20 大全集• 2010. 23 16粒の愛の物語• 2010. 22 名調子セリフ入りベストアルバム• 2010. 15 2011年全曲集• 2011. 21 名曲 日本のこころ 歌心1• 2011. 21 名曲 日本のこころ 歌心2• 2011. 21 名曲 日本のこころ 歌心3• 2011. 21 名曲 日本のこころ 歌心4• 2011. 21 名曲 日本のこころ 歌心5• 2011. 23 2012年全曲集• 2012. 11 大全集• 2012. 23 シングルコレクション• 2012. 20 カバーコレクション• 2012. 25 天童よしみと子供達 童謡・唱歌・心の絆歌• 2012. 01 炎のよ・し・み• 2012. 21 2013年全曲集• 2013. 21 WaRaTTe• 2013. 20 2014年全曲集• 2013. 20 カバーコレクション・シリーズ 天童よしみ〜ご当地歌謡を唄う〜• 2013. 11 大全集 タイアップ曲 年 楽曲 タイアップ 1970年 大ちゃん数え唄 系テレビアニメ「」オープニングテーマ いなかっぺ大将 フジテレビ系テレビアニメ「いなかっぺ大将」エンディングテーマ 2001年 フジテレビ系テレビアニメ「」オープニングテーマ 2008年 系音楽番組「」エンディングテーマ 出演 CM• 「VC3000のど飴」• クリスタルブラック()(「」を歌うところだったからマイクを奪って「」を歌う場面にインパクトを受けている。 ) TV• ・きよしとよしみの浪速ナイトショー(NHK大阪) - と進行のバラエティー。 月1回放送 他多数 ドラマ• (、1998年-1999年) 白鳥さゆり 役• 第5話(TBS、1999年) 特別出演・本人役• (、2000年) 主演・北村光子 役• 「天童よしみの歌姫探偵」(フジテレビ) 主演・天草こずえ 役• 温泉カラオケ殺人事件(2002年)• 別府~湯布院温泉殺人事件!! (2004年)• 第34部第17話「人間将棋に待ったなし・天童」(TBS、2005年) 松平宗弘()の娘・おこう 役• (NHK、2006年-2007年) 南野福子 役• (TBS、2017年) 川上華江 役• (CBC、2018年) 織田校長 役• (関西テレビ、2018年) ナレーション• (読売テレビ、2019年2月22日放送予定) - 滝口陽子(の審査員) 役(特別出演) 全日本歌謡選手権歌唱曲 週 曲名 歌手 1 2 3 4 5 矢吹健 6 7 8 9 10 オリジナル新曲(未発表) NHK紅白歌合戦出場歴 ()に「酒きずな」で、歌手デビューから24年目にして念願の紅白初出場を果たす。 但し、()~()まで3年連続して不出場だったが、()に「」のロングセラーで4年ぶり2回目の紅白カムバックと成った。 それ以降は現時点で()まで、通算で24回・23年連続して出場継続中である。 紅組トリとしては、()に天童自身の代表曲「」で初めて務めた。 その後も()、()と、紅組トリは通算3回担当している。 なおのシングル曲としては、()と第56回(2005年)にひばりが生涯最後のシングルだった「」を2回歌唱。 ほか()に「」と、()に「」を歌唱し、合計では4回ひばりの曲を紅白で披露している。 また、()では、2014年1月に逝去の天童と同じ関西()出身で生前親交が有った、の代表曲「」を歌唱披露していた。 、asahi. com、2007年5月。 2013年10月閲覧。 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p. 515• 、ZAKZAK、1999年5月。 (のキャッシュ)• 日テレNEWS24 2009年5月25日• 日刊スポーツ 2004年12月26日• 、東京海上日動 Challenge Stories~人生は、挑戦であふれている ~ - TOKYO FM 80. 0MHz - 恵俊彰、2019年7月27日。 、時事ドットコム、2019年09月01日12時00分。 吉田よしみ名義。 天童よしみと仲間達名義。 の同名曲のカバー。 紅頭巾名義。 との同名デュエット曲のカバー。 2回目の歌唱.

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天童よしみの経歴・プロフィールまとめ|歌手人生45周年

天童よしみ 本名

美空ひばりに憧れた少女時代や代表曲となる「道頓堀人情」との出会い、そして、その歌声に惚れ込み、NHK紅白歌合戦に天童を出場させるための応援隊長を買って出たやしきたかじんとの交流まで、その歌手人生の歩みを振り返る。 スケール感たっぷりな新曲「女のあかり」や9月に開催される新歌舞伎座公演の見どころなど、45周年を目前に、充実する近況についても話を聞いた。 天才少女の苦悩、人生を変えた1曲 --天童さんは幼い頃から歌謡番組やコンテストに出演されていたということですが、歌を好きになったのは、やはりご家族の影響で? 両親、祖父母みんな歌が好きで、その影響を受けて育ちましたから。 両親は、私が義務教育を終えたら歌手にさせたいという気持ちが強かったみたいですね。 わが家は家族全員が美空ひばりさんの大ファンだったので、「リンゴ追分」や「柔」など、ひばりさんの歌を聴いたり歌ったりする中で、私自身も歌手になりたいという気持ちを強く抱くようになりました。 裏声を使ったり、地声で張ってみたり、時には抑えて歌うなど、その七色の声を駆使した歌い方が大好きでした。 --1972年にはアニメ「いなかっぺ大将」の主題歌も担当されましたが、そこから正式デビューへの経緯はどのようなものだったのでしょうか? 「いなかっぺ大将」の主題歌は「ちびっこのど自慢」という番組でグランドチャンピオンを受賞したことがきっかけで担当させていただくことになったんです。 そこで初めてレコーディングを経験しました。 それからすぐ「全日本歌謡選手権」というテレビ番組に出演して10週勝ち抜き、デビューのきっかけをつかんだんですけど、この番組は当時、ものすごい人気で、五木ひろしさんや八代亜紀さんのデビューのきっかけにもなった、スター歌手への登竜門のような番組だったんですよ。 「いなかっぺ大将」もそうですけど、私が歌の道を目指す中でテレビの存在は切っても切れないもの。 デビュー当時、新人なのに「全日本歌謡選手権」に出ていたことで、みなさんに名前を知っていただけていたのは本当にありがたかったです。 どこに行っても「よしみちゃん、頑張って!」と声をかけていただけて。 もし、これがまったく無名の状態でデビューしていたら、名前を知っていただくのに、もっと時間がかかっただろうなと思います。 --デビュー当時から大阪を拠点に活動を? いえ、16歳でデビューしてすぐに母と上京し、都内で生活していました。 いろいろと思うところがあって20歳で大阪に戻ったんですけど、その時にレコード会社をテイチクに移籍して「道頓堀人情」という曲に出会いました。 --その「道頓堀人情」は、天童さんのキャリアの中でも大きなターニングポイントになった1曲だと思います。 この曲との出会いはどのようなものだったのでしょうか? テイチクの制作部長さんが、私が大阪で活動していることを知ってくださって。 そこから、「『道頓堀人情』という曲があるんだけど、この曲で心機一転、頑張ってみないか?」とお話をいただきました。 もちろん二つ返事でお受けして、しばらくしたら曲が送られてきたんですけど、これが、もう聴いた瞬間に飛びつきましたね。 --手応えを感じて? 100%感じました。 「ここまで自分にぴったりな曲は他にない!」と思ったほど。 デビューからずっと苦労して、やっと芽が出始めるかという頃だったので、この曲で一気に花を咲かせたいと思いました。 --「道頓堀人情」に出会うまでは、いろいろな方向性を模索されました? 方向性というか、それまでもヒットに向けて制作や営業の皆さん、事務所も頑張ってくださったと思います。 でも、当時は、やはり時代という大きな壁を越えられなかった。 それは、演歌を歌うには若すぎてお客さまに響かないという、私自身の年齢的な問題もあったと思います。 ただ、いろいろ反省点があったとはいえ、若くしてデビューし、さまざまな経験が出来たことは本当に良かったなと思います。 --「道頓堀人情」に出会って大きく変わったことは? デビュー当時のキャンペーンではレコード屋さん前での歌うことが主だったんですけど、「道頓堀人情」の時は年齢的にも夜のキャンペーンが出来るようになって、夕方6時以降にスナックを十数軒回るという日々を繰り返していました。 これは大変ではあるけど、本当に願ってもないことで、当時はそうやって歌いながらレコードを売っていました。 今と違ってレコード屋さんもいっぱいあったし、歌う場所さえあれば、実際に売れたんです。 レコード屋さんや会社の営業さんが一丸になることでヒットにつながる、希望が見える。 そんな時代でしたね。 --一日に十数軒とは体力的にもつらそうですよね。 正直、大変でしたね。 でも良い結果が生まれたら嬉しいので、ひたすら頑張っていました。 --「道頓堀人情」を発売されて以降は、1986年に有線大賞を受賞するなど、着実に実績を積み重ねられています。 キャンペーンを続けていく中で、ご自身の人気の盛り上がりは感じていましたか? 行く先々でお客さんやファンの方が待ってくださって、その人数がどんどん増えていきましたね。 「よしみちゃん、頑張ってるね!」という声をたくさんいただけるようになって、すごく嬉しかったです。 紅白出場を実現させた、たかじんの支え --そんな中、天童さんの活動を支えたやしきたかじんさんとの出会いもあります。 たかじんさんと初めて会ったのは、この時期ですか? この時期から何作かを経て、「NHK紅白歌合戦」に出る2年ほど前。 「酔いごころ」という曲を出した頃ですね。 ある日、テレビを見ていたらたかじんさんが「俺は応援する。 頑張れよしみ!」ってカメラ目線で、まるでテレビ電話のメッセージのような感じでおっしゃって。 いきなりだったし、衝撃を受けました。 実は、私の家の近所にたかじんさんの番組を手掛けている放送作家さんが住んでいて、その方も私の本名と同じ吉田さんなんですよ。 当時は何のお仕事をされているか知らなかったけど、よく郵便物が間違って届けられるので、渡しに行くうちに親しくなって。 それで、さっきの番組の翌日に、「実は僕、たかじんさんの番組をやっているんです。 よしみさん、テレビ見ました? たかじんさんが、『絶対によしみを紅白に出す。 俺はよしみにかける!』と言っているけど、やっていけますか?」と言われまして。 後日、スタッフの方が家に来られて、紅白に向けてのプロジェクトチームが正式に発足しました。 2年間、たかじんさんとスタッフさんが番組内にコーナーを作って私のことを紹介してくださり、おかげさまで1993年に「酒きずな」という曲で初出場を果たすことが出来ました。 --もともと面識があったわけではなく、たかじんさんが天童さんの歌を気に入って応援されていたんですね。 そうです。 本当にありがたいことですよね。 私、八尾に住んでいるんですけど、八尾名物にたかじんさんの大好きな旭ポンズというポン酢があって、テレビで八尾の話をされる時に必ず、私と旭ポンズ、そして「八尾のこって牛、放送作家の吉田!」と、その3つをパックで紹介されるんです。 さし棒でバンバン机を叩きながら(笑)。 --たかじんさんとの出会いも、また一つの大きなターニングポイントだったんですね。 紅白プロジェクトではものすごく力を入れてくださったし、それ以後もすごくかわいがってくださいました。 実は、たかじんさんがご病気される少し前にマネージャーと3人でお会いしたんです。 その時に「俺の夢、聞いてくれる? 俺、よしみのプロデュースがしたい。 真剣やねん。 やるからには他に人を入れたくない。 俺の思う通りにやりたいねん。 曲作るし、世界まで行こう!」って言ってくださって。 --それは実現したものを聴きたかったですね……。 私も聴きたかったし、お話をいただいてから3年間、待っていました。 うちのディレクターにも「たかじんさんが私の曲を考えてくれているので、その時は受けてくださいね」と話していましたが、まさか、お体がそんなに悪かったとは思わなくて……。 たかじんさんと出会って応援していただけたことは、私にとって本当にかけがえのない思い出です。 でも、やはり一緒に世界への夢を追い駆けたかったという思いはありますね。 --紅白出場以後、歌手活動に対する考え方に変化などはありましたか? それまで小規模に活動していたのが、紅白に出たことで自分の中に責任感が芽生えてきました。 昔のように、ただ歌が好きで自分勝手に歌うという思いを捨て、みなさんに歌を届けるために舞台に立つーーそんな気持ちが沸くようになりました。 --天童さんは大スターでありながらファンのみなさんに寄り添って活動され、ファンのみなさんも天童さんに対して、まるで親戚のような親しみを込めて応援されています。 この親密なコミュニケーションの要因はどういったところにあるのでしょうか? なんでしょうね~。 私、ファンやお客さまと会った時は、ごく普通に話していますから(笑)。 もちろんプロなので、歌では引き離しますよ。 ガーンと思い切り行って、「すごい!」と思っていただかないといけないし、そのための努力はしています。 でも、それ以外のところは、やっぱり普通だし、そういうコミュニケーションを取る中で、たくさんの方にかわいがっていただけることには感謝しています。 --特に関西の方にとっては「道頓堀人情」で元気づけられた部分もあったと思います。 それは、あるかもしれませんね。 私、東京にこだわっているわけではないけど、東京でどれだけ仕事がたくさんあっても必ず大阪に戻ることにしているんです。 東京にも家があるから、そこでまとまって過ごせばいいのに、結局、ほとんど大阪に帰ってきてしまう(笑)。 大阪だと誰に気を使うこともないし、そこで自分をリセットすることで、また良い仕事ができるんですよ。 --今後の歌手活動での目標は? 今後こだわっていきたいのは、コンサート会場での音の響き。 それを完璧にしていきたい。 みなさんが耳に触れて、「うわ~、天童さん、音だけじゃなくてバックバンドの演奏もすごいね!」と思ってもらえるように。 ここ3年ほど、ご縁があった一流ミュージシャンの方々とツアーやライブをしているんですけど、それによって私の歌や表現力も変わってきているし、お客さまもさらにノッてくださっているように感じます。 やっぱり歌だけではなく、演奏のみんなも一丸にならないと、パワフルなコンサートはできませんね。 --これまで何度か行われたライブハウス公演なども音に対するこだわりの一つですか? そうですね。 フルバンドもいいけど、小編成での声が際立つような演奏も、また違った魅力があります。 --音の追求という部分でいえば、天童さんは本筋である演歌はもちろん、アルバム一枚まるごとロック・ポップスの「炎のよ・し・み」やバラードやなど、幅広い楽曲を歌われています。 ご自身の音楽性の広さについては、どのように捉えていますか?? やっぱり私の土俵は演歌だし、ポップスばかり歌っていてはお客さまも入ってこられない。 だから、幅を広げるのは良いけど、演歌をしっかり歌っていきたいですね。 少しでも多くヒット曲や代表曲を作って、その中で、時には天童流のポップスやジャズを聴いていただく機会を作るというのが理想です。 --プライベートでポップスやジャズなども聴かれるんですか? よく聴きます。 私、トム・ジョーンズさんが昔から大好きなんですよ。 あの歌い方が本当にかっこ良くて、私にとってのアメリカンポップス=トム・ジョーンズさんという感じ。 公演を見るためにラスベガスまで行って、ご本人にもお会いしました。 お客さまやスタッフを照らす灯りに --新曲「女のあかり」は12年ぶりに弦 哲也先生による作曲作品になります。 マイナー調でスケール感のある曲調も久しぶりですね。 そうなんですよねー。 弦先生のメロディーラインが、水木れいじ先生が書かれた歌詞の魅力を最大限に引き出してくれていると思います。 近年はメジャー調の人生演歌やフォーク調の曲などを中心にやってきましたが、ここらで一度、落ち着きたい、語りたいと思っていたので、まさにうってつけの作品になりました。 コンサートでも、この曲を歌っているとお客さまの拍手の響きが他とは全然違うんですよ。 すごく反応が良いですね。 --歌詞では耐え忍ぶ女性像が描かれていますが、表現にあたって意識されたことなどは? 曲名は「女のあかり」ですが、私としては、自分がみなさんにあかりを灯したいという気持ちで歌っています。 お客さま、ファンの皆様、そして私に携わっているたくさんの皆様に、「辛いこと、苦しいことがあっても、私はあかりを灯し続けてぬくもりをあげたい」という、そんな気持ちで歌っています。 --天童さんにとっては、そんなメッセージ性も含んだ1曲だったんですね。 その思いは強くあります。 生きていたら、いろいろなことがありますからね。 この曲が少しでも、みなさんにとって癒しや心のより所になればいいなと思います。 --弦先生とは曲について話をされましたか? 「よしみちゃんの歌い方を活かしたいので、マイナー調でいきます」と。 曲の打ち合わせの時に弦先生がギターでこの曲を弾き語りをしてくださったんですけど、その時点で、すでに「いいな~!」って。 思わずホロっと来ました。 --そんな「女のあかり」の聴きどころは? カラオケ好きな方には、歌詞をじっくり読んでいただき、ぜひ、たくさん歌っていただきたいですね。 また、この曲は歌が苦手な方でも、どこか歌ってみたくなる要素があると思います。 自分で歌うことで、より親近感が湧いてくるメロディーだと思うので、ぜひ挑戦してください! --「女のあかり」、今後、天童さんの新たな定番曲になりそうですね。 発売からすでに盛り上がって、近年にないヒットソングになる予感がしています!今後、もっとこの曲を知っていただくための企画やイベントをどんどんやっていこうと思っています。 --カップリング曲「桧」も力強く、聴き応え抜群です。 こちらは「女のあかり」とは対照的に、メジャー調でキリッとした人生演歌ですね。 この曲も大好きで、コンサートでは両方歌っています。 最初はこっちがメインでも良いかなと思ったほど気に入っています。 女優&歌手、2つの魅力で届ける新歌舞伎座公演 --9月には新歌舞伎座公演が行われます。 第一部のお芝居「ガード下の靴磨き」は、どのような内容になるのでしょうか? 去年は「マッチ売りの少女」をやって、ここ2年はお芝居の中に歌が入るというパターンで、今回もお芝居の中で踊ったり歌ったりする場面がたくさんあります。 昭和の一番どん底の生活から主人公が幸せになっていくストーリーで、こういう内容だと、歌を盛り込むことで、お芝居の内容がより深まると思いますね。 --一部・二部を通してさまざまな天童さんを見ることが出来そうですね。 お芝居と歌を通して、みなさんを泣かせる、笑わせることに徹したいと思います(笑)。 --最後に、これから天童演歌の世界に触れたいという方に、その魅力をお願いします。 若い方に向けては、「よしみさんの生のステージってカッコいい、演歌ってカッコいいね!」と思っていただけるように、ライブやイベントなど演歌にふれる機会をどんどん作っていきたい。 大人の方には、オーソドックスでホッとする演歌の魅力をこれまで以上に発信して、涙したり、「勇気をもらった」と言っていただけるように努めたいですね。 9月26日生まれ、大阪府八尾市出身。 趣味はショッピング、クリスタル集め。 1971年、『ちびっこのど自慢』に出場して優勝。 その実力が認められ、フジテレビ系列の『いなかっぺ大将』挿入歌である『大ちゃん数え唄』をレコーディング。 読売テレビ『全日本歌謡選手権』で10週を勝ち抜き、最年少で7代目チャンピオンに。 1972年に『風が吹く』でデビュー。 その後、『道頓堀人情』が大ブレークし、1997年『珍島物語』が100万枚の大ヒット。 2000年には『NHK紅白歌合戦』で紅組のトリを務める。 ドラマではフジテレビの『天草こずえの歌姫探偵』に主役で出演。 2004年にはディズニー映画『ブラザーベア』で、フィル・コリンズ作詞・作曲の劇中歌『グレートスピリット』を歌うなど、ジャンルの枠を超えて活躍を続けている。

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